02 Spring rain
02 春の雨
春の雨ほど優しいものがあるでしょうか。寒く厳しい冬を越えて,乾燥と風の二月を越えて、三月のやわらかな風とともに春の雨はやって来ます。二月は毎日風が吹いて,窓ガラスがいつかうっすらと曇り、空の底がいつも土ぼこり色に染まって、まだ新芽の芽吹かない木々がいつまでも寒そうに風の中に立ちすくんでいます。のども鼻も乾燥し、いがらっぽく、くしゃみが出ていつだって気分がよくありません。
一日も早く雨が降るのを待っているのは、人だけではなく、植物も同じです。スミレの類だけは大地が乾燥していても何とか元気に冬をしのいでくれますが、それでも葉をいきおいよく伸ばしていく力は、水分が十分でない二月にはまだ思うように発揮できないのです。
そんな中でいち早く、春の準備を着々と整えているのは,沈丁花とシャクナゲです。シャクナゲはつぼみのときから花になるまで、ほんとうに長い時間を必要としますが、沈丁花はつぼみから花へとあっという間に移行します。もうすぐ、ほんとにもう少しで、沈丁花が咲くでしょう。そうすれば春です。今年も冬をなんとか生き延びたと、田所さんは大げさでなく思います。人をも含めて、生物が冬を越すのはたいへんなことなのでしょう。ですからみんなが春の雨が大地をぬらすのを待っているのです。
そしてある日、春の雨は突然に訪れます。西脇順三郎の詩のように、ものみなすべてを優しくぬらして。春の雨はかくも優しく静かに木立や大地をうるおします。田所さんの好きな、まだ寒い山小屋のストーブと固い木の椅子の窓辺にも、この雨はきっと明るくすきとおった静けさを届けていることでしょう。
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