Thursday, 18 October 2018

TO WINTER 8 Universality of Language

8 Universality of Language
言語の普遍性
―一度だけそのチャンスがあった。法則を発見したとおもった。言語における出現の頻度についてだ。それから二三日は調べまくった 。 すでにその法則は見つけられていたけどね。 Cはそう言ってことばを止めた。年上だが彼はAに、年齢差や経験差を考慮することなく、彼の有する言語についての知見を可能な 限り教えてくれた。言語にあるのは事実と法則、それが彼のすべてだった。Cはみずからそのいずれをも発見できなかったと明言して いた。Aにはそのとき返すことばがなく、ただだまって受け止めるだけだった。 この法則のことはその後もずっと気になっていたが、あるとき蔵本由起を読んで、ほぼ明瞭になった。Cが言っていたのは、アメリ カの言語学者、ジョージ・ジップによって発見された経験則かそれに関連するものだったとおもわれる。 蔵本に従えば、ジップの法則とは、文学作品などに現われる単語の出現頻度の順位は逆ベキ法則に従うというものだった。例示され た時田恵一郎と入江治行の図によれば、シェークスピア、ダーウィン、ミルトン、ウェルズ、キャロルという異なる分野の著作におい て、見事な類似が示されていた。特にウェルズの「タイムマシーン」とキャロルの「不思議な国のアリス」ではほとんどまったく重複 するカーブとなっていて、同一の作品ではないかとおもわれるくらいだった。 二十世紀前半に発見されたこの卓越した経験則を、時田と入江はサンプルとなった著作に出現する単語において1から 100000 まで の頻度とランクを解析しグラフ化することで、まちがいなく不動の科学的な法則であることを追認した。  すなわち著者がその思考を表現するために自由に選択したとおもわれるすべての単語が、この法則によればどの著者においても、ど の単語を何回用いるかという相関関係においてはほぼ同一になることが、現代科学の数量的成果として美しいまでに示された。  むかし K から詩とは何かと尋ねられたとき、A は、素朴なレベルで、詩とはそれまでの言語の規範から逸脱しようとすることだろう かと答えたが、今は文学全体が、人間が作ったであろう言語の強い法則に逆に支配されていることを本能的に知って、ながい果敢な闘 いを挑んできたようにも感じられた。  ガリレイではないが、それでも異なる人間の著作が、これからもジップの法則に従って、常の同一に近いカーブとなり続けるだろう こともまた事実だ。Cはしかし、A のこうした言語に対する過度な観念化を好まず、その生涯をかけて言語の 事実とそこから抽出される法則を追い、そ れらを見出さなかった。そして或るとき突然の病いで逝った。言語学を愛した幾冊かの本を残して。最後の本の名は、 「言語学への開 かれた扉、Janua Linguisticae Reserata」。彼が言うように、扉は万人に開かれていた。ひたすら追うのであれば。 Cが生きていれば、今またAに問うかもしれない。おまえは今何をしているかと。そしてAもまた同じように答えるだろう。事実で はなく普遍を追っています、こりることなくと。 生きていれば、あの急な階段をのぼって、天井の低いテーブルでまた話していただろうか、Cよ。転注をめぐる研究の国境を超えた つながりの中で、再発見された転注論の貴重な原稿を損傷させないために、発見者みずからが飛行機に乗って届けてくれたことなどを だから途方にくれるようにまずしかった私はどれほど勇気づけられたか、Cよ。駅前の路地を入ってすぐ左の、掘っ立て小屋のよう だったあの店の名まえはカリフォルニア。ぼくらの決して悲惨ではなかった忘却の紀念に、今はそれを書き記そう。 

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