Saturday, 25 August 2018

TO WINTER. ABOUT. AUTHOR 2018



RI Ko


"I need not more wander the book shop streets." 
From Tale, Print, 2012
This tale was written by TANAKA Akio, pen-named LI Koh in autumn 2012 for remembering the poor but brilliant youth time of myself. This is one of my favourite phrases in this tale. The book shop streets described in the tale is Kanda, Tokyo, which is located in the central Tokyo, where I frequently walked seeking the old Chinese classic books for the study from Oriental way of linguistics. In late 1960s, the streetcars were surely running in the old fashioned streets of Kanda, now perfectly changed to the subway streets. 
 1 October 2014  

TO WINTER ABOUT. LETTER TO O. 2018


https://lt-pen.webnode.com/about/

Friday, 24 August 2018

Fantasy Tale TO WINTER 2018






Fantasy Tale

TO WINTER


Old Title
Tale Print (Japanese Title Hanga)
Publish year 2012
New Title
To Winter
Author RI Ko
Publisher Sekinan Library
Publish year 2015

Publisher

LT-pen. TO WINTER. About 2018

History



Author

RI Ko


"I need not more wander the book shop streets." 
From Tale, Print, 2012
This tale was written by TANAKA Akio, pen-named LI Koh in autumn 2012 for remembering the poor but brilliant youth time of myself. This is one of my favourite phrases in this tale. The book shop streets described in the tale is Kanda, Tokyo, which is located in the central Tokyo, where I frequently walked seeking the old Chinese classic books for the study from Oriental way of linguistics. In late 1960s, the streetcars were surely running in the old fashioned streets of Kanda, now perfectly changed to the subway streets. 
 1 October 2014  

Thursday, 23 August 2018

17 Winter comes as grace falls

WINTER COMES AS GRACE FALLS


17 Winter comes as grace falls
冬が来る
―この間はありがとう。ほんとうに助かった。  S駅の地下道から地上に出ると日ざしがまぶしい。待っていたIにお礼を言った。 ―どうしようと思ったんだけど、思いきって、行ってよかった。もしかして迷惑だった? Iが、きらめく光を通す木立を背にしてたずねる。 ―そんなことない。言い方がいつもたりなくて。ほんとうに感謝している。  広場の向こうを、車が重なるようにゆっくりと過ぎて行く。 ―もう大丈夫なの? ―すっかりよくなった。きみのおかげだ。 ―そんなことないわ。 Iがうれしそうに言う。広場の二人に木漏れ日が揺れている。 たえまなく行き交う広場の無数の人々の中で、Iはたったひとりの人に伝える。 ―もし元気だったら、新しくできたJ書店に行ってみない? 信号が変わって、人波がいっせいに動きだす。 ―今日はほんとうはきみにお礼をするんだった。べつになにもできないけれど。 ―それはいいの、わたしが自分でしたかっただけ。 Iがほほえみながら応える。 ―じゃ、先に本屋に行って、それからでもいい? ―ええ、私も新しいところを見てみたいわ。  歩き出すと、歩道は、肩が触れ合うくらいに人出が多い。 ―すごいね。ますます多くなる。 押されるようにして、Iは彼の腕を抱く。 xiii ―だれかが言ってたわ、この街には過去も未来もなんでもあるって。 ―ほんとにそういう感じだ。 信号を待ちながら、Aは彼女に伝える。 ―ここのところでね、むかしカフスボタンを買った、たぶんこの位置のはずだ。小さい店で、今みたいに信号を待っていたら眼にと まったんだ。  雑踏で声がかき消されるくらいだ。 ―翡翠のカフス、ほとんど使わないのに。 ―あなたはいつもそう。  それが I の告白だった。 愛する人。 ―貧しくて、不遜だった。  本の重さでかたむいたカバン。中心のない、なにも見えなかった日々。 ―そんなことない。  信号が変わる。 ―むかしね。谷山豊って人がいたんだ。 A は声を大きくして言った。 ―若くして亡くなった。婚約者もたしかまもなく亡くなった。彼とその友人が作った予想が、フェルマー予想を解くかぎになった。ワ イルズという人が解いてもう十年以上になる。それで谷山の特集が雑誌に載ったことがあった。 Iはただ彼を見ている。 ―そのときね、この街だった、すごくうらやましいとおもった。雑誌は買わなかったけど、買ってもしかたがないような気がした。自 分にはそのときなにもなかったから。ただ、そんなふうに生きてみたい、死ぬことじゃないよ、一度生きるならそんなふうに生きたい とほんとうにおもった。それがたぶん自分には一生できないとわかっていたから。それが、いまは谷山のように生きている。彼のよう にすごくもなんともないけど。おもいはまったく同じなんだ。 ―すごいわね、ほんとうに。そんなにおもえるなんて。 ―きみを愛したから。  彼女の肩を強く抱く。 新しい書店が見えてきた。  二人に今、恩寵のように冬が来る。

16 Stephen William Hawking, Sergej Karcevskij, Janos Killar, MORI Shigefumi and Vsevolod Mikhajlovich Garshin

STEPHEN WILLIAM HAWKING, SERGEJ KARCEVSKIJ, JANOS KILLAR, MORI SHIGEFUMI AND VSEVOLOD MIKHAJLOVICH GARSHIN 


16 Stephen William Hawking, Sergej Karcevskij, Janos Killar, MORI Shigefumi and Vsevolod Mikhajlovich Garshin
ガルシン 
日曜日の朝、電話で眼を覚ました。Iからだった。 ―どうしたの、昨日来なかった? ―悪かった、ずっと眠ってたから。きのう少し熱があって、仕事の帰りに熱さましを買ってきて飲んだら、そのまま今朝まで眠ってし まった。幾晩か夜が遅かったから疲れが溜まってたのかもしれない。 ―何回か電話したけど、出なかったからどうしたのかとおもって。今はどうなの? ―よく寝たけど、まだ熱があるみたいだ。 ―大丈夫? ―今日は一日ゆっくりする。すこし根をつめすぎた。 ―あまり無理はしないで、もう徹夜とかは無理よ。 ―そんなことはしないけど、弱くなった。心配かけて、また連絡する。 まだ話したそうなIに対して、電話を切った。体がだるい。 窓の外に眼をやると、寒そうな電車通りを霧がうすくながれている。こんな日は休みでよかった。 昨日の午後からものを食べていないが、動かないせいか、それほどの空腹は感じない。のどが渇いたので、起きて牛乳を飲んだ。す こし体がふらふらするが、もう眠る気はしないので、ソファに横になって、休むことにした。明日はどうするか、たいして休暇も取っ てないので、休むかどうか。夕方までの体調を見て考えようとおもった。 文書にKへの献辞をつけて載せたが、Web ページの About に自分の連絡先は載せていないから、もしKが見ても直接に連絡が来る ことはない。ただ、かつての友情をそこで確認してくれるかもしれない。さらにKの名まえで検索をかければ、Aのこの文書がヒット するから、Kでなくてもその周囲のものが、もしかしたらKのことを検索することでAの文書と出会うかもしれない。そんなふうにも おもった。第一、まさかとおもった同僚のSが文書を読んでいてくれた。 体がだるいので、ソファのふちに頭を乗せて、することもないまま、懸案の祈りの続きを考えていた。 Aは祈りのモデルとして鏡の世界を想定していた。実際の手が鏡に映る。奥行きもある。動かせば一緒に動く。しかし実態はない。 そして左右が反対になる。というより右手は右手なのだが、鏡の中では左手側として構造化される。上下関係はそのままだ。朝永振一 郎が描いた鏡の中の世界だ。それはよく言われることだが、これだけではそれ以上には進まない。 鏡の手前に実在の幸福がある。鏡の中にその幸福が映る。それは実在しない。手前の実在の幸福を取り外せば、鏡の中の幸福も消え る。今鏡の中に実在しない幸福があって、鑑の手前に実在の幸福がない状態を想定する。そういう状態をモデル化できないか。そんな ことを彼はしばらく前から考えていた。 虚数を使えばどうだろう。リーマン球面の座標に時間座標を加えて、それに負の記号をつければ、ミンコフスキー空間になる。時間 座標を空間座標と同じ正にとれば、次元に関してシンメトリカルな四次元球面ができる。これはホーキングが宇宙の生成に関して虚時 間を導入した発想だ。ホーキングの宇宙の始まりは、だからその底面が球になっている。  言語に対称性は入れられないのか。そうすれば面対称で鏡の世界ができる。そして鏡の中だけに言語があるようにすれば、それを祈 りのモデルとすることができる。そんな道筋を考えた。 実数に対して虚数があるように、実言語に対して虚言語がある。祈りは虚言語で書かれているとする。実言語の中に内在する時間を 想定したように、虚言語にも内在する時間を想定する。天国に行くことは、虚言語の中で内在する時間を移動することになる。その言 語をミラー言語 mirror language と呼ぶことにする。それならば、その mirror はどこに置かれるのだろうか。 xii 図書館でもっともよく読んだのは、深谷賢治だった。円はやはり x 2 + y2 = 1 で認識するより、丸い図形のイメージで認識するのが 自然におもわれると書いてあった。幾何学の直感性はたしかにすばらしく普遍的だ。 深谷の本を読んでいくと、ミラー対称性 mirror symmetry が出てくる。ホッジ・ダイアモンドと呼ぶものを或る値のところに設定 し、そこで折り返すときれいなミラー対称性を得ると記されていた。Aが考える mirror language もそこで可能かもしれない。 対称性。それはかつて言語学のCと繰り返し話した内容だ。1920年代のプラハ。雑誌 TCLP に載ったカルツェフスキイの論文、 「言語記号の非対称的二重性」。言語が保持し続けるところの、それによって言語が言語であり続けるところの、絶対的に矛盾する柔 構造と硬構造の共存。言語において二重に内在し続けるだろう永遠の矛盾。言語がかくも柔軟でかくも堅固でいられるのはなぜか、そ のほとんど絶対的に矛盾するかともおもわれる二重性をカルツェフスキイは提示した。Cがその最後の本の中でただ一人天才と称した 言語学者、セルゲイ・カルツェフスキイが残した白眉の論考。 なぜこの共存が可能なのか、この二重性に対する整合的な理解は今もなお、たぶん提出されていない。 これに比して世界の量子化 quantization については着実な進展があった。 深谷によれば、コンツェヴィッチは1997年の論文で形式性予想を提示し、2003年の論文に至って、みずからその予想を証明 した。「ポアッソン多様体の変形量子化」。深谷は彼の本の中でその証明の概略をnRの場合に限って述べている。証明の全容は計り 知れない。量子による空間、それももう夢ではないかもしれない。 その果てにある、有限と無限。無限を有限に閉じ込めること。 ヤーノシュ・コラールと森重文は伝える。三次元標準フロップの任意の列は有限である、と。今フロップを一種の写像と考え、意味 を有限の列と仮定し、立体と時間で作られたこの四次元世界を平面と時間で作られた三次元世界に射影すれば、無限に生起するとおも われた四次元世界の出来事のすべてが、三次元の有限の世界に閉じこめられることになる。 そこでは、時間を含む意味を体現した平面 上の文字が、この私たちの時間を含む4次元世界を射影し閉じ込めたものとなる。 ―それで私はどうするのか。 立って東の窓を見ると、外はこごえるような空の下に、行く人もまばらだ。さっきより一段と濃くなった厚い霧の中を、ライトを点 けた路面電車が音もなく過ぎて行く。街灯が一斉にあかりを灯している。 遠く忘れられていた祝祭がはじまる。  台所にかけられた版画から、冷えきった暗い室内に向かって、光の帯が音もなくのぼり、大輪の花火がゆらめきを残してつぎつぎに 開花してゆく。花火はガラスに映り、やがてガラスを超えて霧がながれる街路の上へとひろがってゆく。 暗く霧におおわれた空一杯に、今、花火が大きく開き、その下方を乗客も絶えた路面電車が音もなく過ぎて行く。 ―なぜこんなにさびしいのか。  ガルシン。ロシアの帝政末期を光芒のように生きて逝った魂。 「赤い花」は必死に、どうでもよい一輪の赤い花をもとめて、遂にそれを得る。 フセヴォロド・ミハイロヴィッチ・ガルシン、ああ、あなたの名まえの中にもミハイルがいる。 天使ミカエルが起ちあがる。旧約聖書ダニエル書終章のことば。    汝終りに進み行け、汝は安息に入り、日の終りに至り、起て汝の分を享ん。 暗い室内にあかりを灯す。ヒヨドリが私に与えてくれた生きるというあかり。 どうしようか。すこしものを食べないといけない。ありあわせでごはんを食べようか。パンはたしかきのうの朝、みんな食べてし まった。あとなにが残っていただろう。 染み入ってくるような寒さの中で、ソファの脇のカーディガンに手を通す。ヒヨドリよ、おまえも丘陵で暖かにしているか。 ふりかえると版画は、すべての流動を終えて、もとのしずけさに返っていた。 窓の外はいつか霙になった。 ドアが小さくノックされる。 立て付けのわるいドアを開くと、白いビニールバッグを重そうに持って、片手にフランスパン の包みを抱えて、Iが不安そうに立っ ていた。 その短い髪に、霙が淡く光っていた。

15 Why Human Time Flows Fast and Slow on Occasion

WHY HUMAN TIME FLOWS FAST AND SLOW ON OCCASION


15 Why Human Time Flows Fast and Slow on Occasion
時間の遅速
久しぶりの日だまりの昼休みに、壁にもたれるSの横にすわった。 ― ヒヨドリを丘陵に放してきました。 ヒヨドリのことはしばらく前に伝えてある。 ―それはよかった。感謝されるよ。 ―そんなこともないでしょうが、とにかくほっとしました。 ―おれは鳥は飼ったことはないけど、鳥は頭がいいからな。 ―そうですか。 ―そうさ。おれのふるさとじゃ、鳥は忘れないと言っていた。そうして恩返しをしてくれる。 ―鶴の恩返しですか。 ―それと同じかどうか、とにかく林の奥には鳥の王国があるらしい。見たことはないけど、見えないだろうな人間には、とにかくある らしいよ。 ―ほんとですか、それ。 ―ほんとうだ、そこに行き着くと、人は幸せになる。そういうことわざがあるんだ、フランスだったかな。  Aは話を聞いているうちに、Sはそこに行き着いたのではないかとおもった。もしそうならば、Sと話しているといつもやすらかな おもいになることもわかる。 ―話はかわるけど、オーロラ理論はたのしいね。 ―えっ?見てくれたんですか。  休みのときの話が出たとき、最近は Web 上で文書を書いていますと言ったことがあった。Kに贈った Aurora Theory。 ―なぜ時間は早く感じたり、おそく感じたりするのかっていう文があったろ? ―Why Human Time Flows Fast and Slow on Occasion. ―そう、それだ。あれがいちばんおもしろかった。 ―ありがとうございます。まさか読んでくださってるとはおもいませんでした。 ―ガウス平面からリーマン球面に射影するだろう、そこにオーロラのように言語が生まれる。球の中心すなわち座標の原点から光のよ xi うな素子が飛び立つ。なんて言ったっけ? ―Dictoron。 ―あれはなに? ―かってに名まえをつけて、定義がすこし甘いんですが、言語認識素子。 ―そう、それがリーマン球面まで到達する。速度は一応光のフォトンと同じだったね、すべての認識素子は同一時間で球面に達する。 そして球面を人間の認識領域だとすると、その領域上の言語をすべて同一の時間で言語認識素子は認識する。物理的な時間は同じだ。 ところが球面上の言語間の距離をその弧として捉えると、そこには当然さまざまな距離が生じている。その距離を言語認識素子の速度 で割ると、弧の長さに応じて、時間に長短が生じる。物理的な認識時間は同一でも言語領域上の弧の認識時間に長短が生じるというわ けだったね。 ―そのとおりです。 ―表題のところにあの文書だけ Interlude ってついてたけど、あれはなに? ―間奏曲という意味で、すこし遊んでもいいかなっておもって。モデルだから、作ろうとおもえばどんなふうにも作れるんです。 ―でも多少はヒントがあったんだろ? ―認識素子の想定は物理のダヴィッド・フィンケルシュタインを真似てみました。フォトンと同一速度なんていうのもそのためです。 リーマン球面を人間の認識領域に設定して、そこに距離の概念を介在させると、時間の絶対認識と相対認識がきれいに相違するという ことは自分で思いつきました。そのころ意味における距離の関与について考えていましたから。 ―簡潔でいいモデルだけど、しかしあの射影をそのままでさらに発展させることはむずかしいんじゃない? ―そうなんです、今は関数全体の集合から空間を定義するという最近の考え方が自然におもわれます。中島啓が提出した、母関数の類 似を幾何学的に考える母空間なんてなんとも魅力的です。それをフォローした牛腸徹が、非線形偏微分方程式の解全体として理解され るモジュライ空間の解の個数で作られる母関数が密接に関係し合っている状態は、限りなく量子論的だと言っています。またその前提 として牛腸は、母空間上の関数空間を考えてそこからベクトル空間上の対称テンソル空間を定義し、元のベクトル空間をその双対空間 上の対称テンソル空間と同一視すると、母空間上の関数空間がその対称テンソル空間とまた同一視でき、結局、場の空間における粒子 の生成と消滅が記述できるというのです。 ―つまり粒子の生成と消滅が数学的な根拠を持つというのだね。 ―そうです。  Sから数学のことを聴くのはこれが初めてだった。 ―図書館に行くと必要なものはだいたいそろっていて、そこで読んだ雑誌に書いてありました。歩いても二十分くらいで行けるので助 かります。丘の上で展望もいいんです。屋上には花も咲いていますし。 ―数学に花と鳥か。いい話だなあ、ありがとう。